子どもたちの自発的な活動を見守り、支えながら育てよう。
今回はままぱれが7年前にも取材したことのある先生です。
当時、一番上の子が高校受験だとおっしゃっていた先生のお子さん3人もすでにみんな大学生。
それぞれの“やりたいこと”を見つけて、着々と歩みを重ねていました。自分が研究者として知った情報を取り入れながら、親として子どもたちの活動を支えた先生に、7年ぶりにお話を伺ってきました。
先生の研究について教えてください。
基本的にフィールドワーカーなので、仙台市内・山形県内のこども園や保育園で、インタビューや観察をさせていただいています。幼児期の実行機能の発達や、保育者の長期就業の要因、乳児保育担当者の専門性に関する研究などを行っています。学外では東京大学の発達保育実践政策学センターの共同研究員として、保育の質が乳幼児の発達に与える影響について研究をしています。
乳幼児期の発達について、「実行機能」に着目した研究をしています。これはちょうど3歳から6歳までに急激に伸びる力と言われており、この機能の高い子どもは、将来、学力・社会的地位・年収が高いという研究データが海外でも出ています。
「実行機能」とはどういう能力なのでしょうか。
「実行機能」とは、目標のために計画を立て、それを実現するために自分の行動や気持ちをコントロールしながら、試行錯誤する力のことです。3歳から6歳に一気に伸びます。歳をとって認知症になると下がります。歳をとると怒りっぽくなるのは、実行機能障害によって、我慢ができなくなるからです。最近はお年寄り向けの感情を抑制する力を高める取り組みもあります。「実行機能」は「社会情動的スキル」の内の「目標の達成」に当たるスキルです。
私の共同研究者である京都大学の森口佑介先生が『自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学』という本を出していますし、最新の「幼稚園教育要領」にも乳幼児期に自分をコントロールする力、すなわち「実行機能」を育てていくことの重要性が盛り込まれています。日本では、小学校以降は義務教育となっており、一定水準以上の教育を受ける機会が与えられています。そのため、学力に差が生まれる理由には、乳幼児期の保育や教育の質がかなり大きな影響を与えていると考えられています。
乳幼児期にどんな力を育てればいいのでしょう。
これからの社会で成功するには、学力だけでなく人とうまく付き合う力や、自分で目標を設定してあきらめずに実現する力などもっと別の要素が入ってくるだけでなく、急激な社会変化に対応し、常に新しい能力を身に付けようとする能力も重要になります。そのために育むべき能力として、裏付けがあるのは4つ。1つは「愛着形成」で、親子の安定した関係作りが一番のベースになっています。2つ目は「向社会性」という相手を思いやったり、社会のために役立ちたいと思う気持ち。3つ目は「心の理論」と言われる他者の気持ちを類推(類似したところを見つけて適応)し理解する力。そして4つ目が「実行機能」です。
向社会性と心の理論が高いお子さんは、基本的に実行機能も高い傾向があります。一番のベースはやはり愛着形成です。何より一緒にいる時間の質が大切で、養育者との愛着によって安心感が生まれ、それを基盤に養育者といろいろなやりとりをする中で、感情をコントロールできるようになっていきます。身体接触が一番有効だと言われているので、接触の多い遊びをしてあげるなど、忙しくても一緒に過ごすときにいろんなやりとりをすることを大切にしてください。
この4つの力を育てるには、「ごっこ遊び」が有効だと言われています。「ごっこ遊び」では人の気持ちを読んだり(心の理論)、相手のために何か役立とうとしたり(向社会行動)する姿が見られます。また「〇〇屋さんごっこがしたい」という目標を設定して、その実現に向かって友だちと連携して、創意工夫しながら自発的に進めていく経験が、「実行機能」を高めます。
子どもが自ら選んで活動すること<遊び>の重要性
国語力というと、先生が子どもたちに一斉にひらがなを教えたり、絵を描いたりする様子をイメージしますが、そのような一斉の活動スタイルではその教育効果は限定的です。同じ活動でも、一斉に型どおり行うよりも、遊びの中で行うことによって脳の血流量が高まることが明らかにされています。運動能力についても、スポーツ教室をしている園の子どもたちよりも、遊びを中心にしている園の子どもたちの方が、運動能力が高かったことが明らかにされています。子どもたちが自分で選ぶという経験は、感情をコントロールするという面から考えても、有益です。
ままぱれ読者にアドバイスをお願いします。
一番はネットの情報に振り回されないことです。検索サイトというのは、費用を出せば検索上位に表示されるようになっています。上位には、乳幼児期に英語やスポーツを勧める結果が出てきませんか。それは、英語教室やスポーツ教室などを運営する企業が、その費用を出しているためです。最近の研究では、バイリンガルについては、実行機能についても優位性が存在しないことが示され、さらに、バイリンガルは遺伝要因が強いことも明らかにされてきました。遺伝のパターンによっては、後で勉強したほうが有効な人がいることも明らかにされています。母国語の国語力が高まっていないうちに、中途半端な英語漬けにされたことで、どちらの言語でも国語力が育たないセミリンガルという問題も出てきています。まずは、母国語の国語力を高めるように、保育者が遊びのなかで幼児と対話を重ねていくことが乳幼児期で重要となります。
脳の発達は人によって経路が違い多様であることが示されています。ですので、幼児期には、先生が一斉に乳幼児に対して同じ活動を提供するようなパッケージ化された教育活動を行っても、その発達の多様性に対応できないため、その教育的効果は限定的になります。ネットの情報に惑わされることなく、自分の子どもが何をしたいのか、どういうことに興味を持っているのかを、日々のお子さんとの関わりから理解することが必要です。そして、子どもが興味を広げられる環境をきちんと提供していくことが大切だと思います。例えば、今、恐竜に興味があるのであれば、恐竜の図鑑や恐竜のおもちゃなどを準備して、そしてそれらを使って言葉をやり取りして遊ぶことが大切になります。
日々のお子さんとの関わりから理解することが必要です。そして、子どもが興味を広げられる環境をきちんと提供していくことが大切だと思います。
香曽我部 琢先生
山形県出身。中学校の音楽科教諭、山形大学附属幼稚園教諭、東北芸術工科大学こども芸術教育研究センター専任研究員、中部大学、上越教育大学で教鞭を執り、2014年4月から宮城教育大学。専門は保育学、幼児教育学、発達心理学、こども社会学。