分析の力で知りたいことを明らかに。 丁寧な実験が研究を支える。
理科が得意なわけではないけれど、理科の授業は楽しかった記憶ばかり。
きっと理科が大好きな先生たちに恵まれたのだなと今回お話を聞いて思いました。
地球温暖化の仕組みも、硫化水素を発生させる実験も、「生きる力」に繋がるもの。
自分の五感で本物を学ぶことって大切ですね。
- 大学での先生の授業について教えてください。
僕の担当は化学です。大学には高校の時に化学を履修してこなかった学生もいるので、講義では化学の基礎の復習から始めます。僕の研究とも関係しますが、「世の中は原子や分子でできている」という話から始め、高校では20個くらいの記号を呪文のように暗記した元素が、自然界には90個くらいあり、それがどんなところに使われているか、化学反応の話などをしていきます。授業は教室での講義と実験室での実験がありますが、今の1~2年生は高校時代にコロナ禍だったせいか、実験をしてこなかった学生も多いようです。そのため、基本的な実験器具の使い方を説明したりと、これまで以上に実験の授業は丁寧にしていかなくては、と責任を感じています。もちろん大学ですからそこからさらに一歩踏み込んで、高校までの教科書には結論しか書いていなかった部分の理屈や、なぜそうなるのかも教えています。
また、将来先生になった時のために、実験を交えた授業づくりのアドバイスをしたり、実験の練習を手伝ったりと、ゼミの卒業研究も実験を含めて一緒に行っています。
- 先生はどのような研究をされているのでしょうか。
分析化学の研究をしています。つまり「測る」ことです。僕はある物質の中にどういう元素がどのくらい含まれているかを、ごく微量の元素まで調べたいと思い研究を続けています。何年か行っている共同研究では、食事の中にどんな元素がどのくらい入っているかを調べています。ナトリウムやカルシウムなどの比較的量が多い元素だけでなく、セレン、モリブデン、クロムといった微量の元素も測っています。保育園の給食などお子さんの食事の分析や、大人の食事でも、岩手の沿岸部の漁業地域の食事と内陸部の食事では元素の摂取量がどれくらい違うのかということも調べました。
食品成分表に載っている数値を使えば、その食事に使われている食材の分量のデータなどを入力すれば計算できます。しかし、実測値とはぴったりとは合わないことが実態です。食事を分析装置にかけるまでの準備など色々と手間はかかりますが、僕は測れるものはできるだけ実際に測りたいと思っています。
- 分析することの面白さにハマったんですね。
そうですね。大学院の学生だった頃は岩石を分析していました。石の中の成分を測ると、その石がいつ、どのようにしてできたか、元のマグマはどんな状態で、それがどんなふうに固まっていったのかということが推測できるんです。岩石に限らず、微量の元素の分析は、ものの起源、由来を知る手がかりになります。より多くの種類の元素を測れたら、さらに多くの情報が引き出せるのではないかと思いました。当時は今のような性能のいい装置ではありませんでしたから、あれこれ装置をいじって工夫したり、きちんとしたデータを出すためには、分析するサンプルをどんな風に準備すればいいのかなど、試行錯誤していました。要はそういうことが好きだったんですね。
幼稚園から小学校にかけてはブロック遊びが好きで、小学校の時は電車の運転士になりたいと思っていましたし、大学に進む時も学びたいことは曖昧でした。物理は得意ではないし、生物は嫌いではないけれど、ちょうど今放送中の朝ドラに出てくる牧野先生(モデルは「日本の植物学の父」の呼び名で有名な実在した植物学者)と違ってスケッチが苦手でしたし。大学に入学してすぐに一番楽しかったのは地学の実習でした。さらに、化学を手掛かりにして地球や環境について調べていくことができるということも知って、化学に進むことになったように思います。
- 「理科教育の視点を組み込んだ特別支援学校教員養成プログラムの開発と実践」という研究をされていますが、これはどういう研究ですか?
同じ大学に勤務している動物行動生物学の棟方先生をはじめ理科の教員と共同で進めています。特別支援学校における学習でも、現在の学習指導要領ではそれぞれのお子さんに応じて、教科の内容を入れた指導が求められています。また最近の学校では、支援の必要なお子さんも通常学級で共に学んでいることが多いんです。なので、この研究では特別な支援が必要な児童生徒に対しても理科の授業ができる先生を養成することを目指しています。
具体的には、児童・生徒が魚を観察する場を提供したり、星の動きや月面の観測を行ったり、あるいは色などの変化が分かりやすく実験室以外の場所でもできる実験を考えたりしながら研究をしています。
- ままぱれ読者にアドバイスをお願いします。
コンピューターの力で様々な映像が作られ、普通なら見えないものも視覚化されたりして素晴らしいと思うのですが、私は古い人間なので実物が好きなんです。子どもの頃に読んでいた図鑑に「○○の飼い方」のようなページがあった影響か、庭の葉っぱにくっついていたアゲハの幼虫を部屋に持ってきて、それがさなぎになって羽化するのを観察していました。やはり本物の体験はいいものです。
今この国では、数学オリンピックや化学オリンピックで入賞するような突出した高校生を育てようとしていますが、それだけでなく全体のレベルを高くすることも大切だと思っています。全体が高ければ頂上はさらに高くなりますし、一部だけ引き上げれば全体が高くなるというものでもありません。そもそも理科の先生が理科を好きでなければ授業も楽しくありませんから、子どもたちが理科を好きでいてくれるように、将来先生になるであろう宮教の学生たちにも「理科って楽しいな」と感じてもらえるように教えていきたいと思っています。
- 猿渡 英之 先生
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- 東京大学理学部化学科卒業、同大大学院理学系研究科中退。名古屋大学で助手を務めた後、1998年から宮城教育大学にて教鞭を執る。専門は分析化学。
- ※写真後ろはプラズマ質量分析装置
- 石の中の成分を測ると、その石がいつ、どのようにしてできたか、元のマグマはどんな状態で、それがどんなふうに固まっていったのかということが推測できるんです。岩石に限らず、微量の元素の分析は、ものの起源、由来を知る手がかりになります。
掲載年月/2023.09