ままぱれ

街へ出よう。少し視野を広げれば文化的な環境はいたるところに

街へ出よう。少し視野を広げれば文化的な環境はいたるところに

明治の文豪の研究者…と思っていたら、話題は永井荷風(※1)から80年代のサブカルチャー、現代美術や映画と縦横無尽。
机に向かうだけでなく、仲間と討論し、街に飛び出す若手研究者の姿が見えました。
なんだか仙台の街が、面白くなりそうな予感がします。
※1:永井荷風(ながい かふう)。明治から昭和中期にかけて活躍した小説家、随筆家。

廣瀬航也先生

最近は、コスパやタイパといったものを求める傾向が強いのですが、これには徹底して抗わなければいけないと思っています。


廣瀬  航也 先生

東北大学文学部人文社会学科卒業、同大学院文学研究科修士課程、博士課程修了。卒業時には総長賞を受賞。研究の傍ら、石巻専修大学や福島高専で教鞭を執る。2023年4月より宮城教育大学教育学部講師。専門は日本近代文学。秋田県北秋田市出身。

ご専門の「教育社会学」について教えてください。


 国語の授業の中で近代文学を担当しています。講義では明治からの日本近代文学の歴史や、当時の歴史的・文化的背景を辿りながら、近代文学のトピックスについて論じています。今年は1年生の一般教養も担当しており、そこではマンガの『風の谷のナウシカ』と『AKIRA』をはじめとして、サブカルチャーや映画、マンガを取り入れ、それらの作品を通して現代の文化について考える授業をしています。この2作品は、どちらも近未来的な都市が崩壊する状況を根底に置き、その環境で人々がどのように「生」を営んでいくかをテーマとした作品でした。『AKIRA』は2020年の東京オリンピックを予言した作品(※2)なので、実際のオリンピックの時もSNSで話題になったせいか、割と知っている学生も多いです。これらを扱いながら、80年代当時の問題や近代オリンピック、映画化されることの問題などを学生たちと話しています。
※2:1982~1990年に連載されたマンガだが、2020年の東京オリンピック開催までの日数やコロナ禍による中止などが作品内に描かれているといわれ、話題となった。

取り扱う内容が明治時代からサブカルと幅広いですが、どのような研究をされているのですか?


 大学1年生の時に江戸文学の授業で江戸的なものに惹かれ、その後の先輩がしていた比較文学研究(※3)という手法が面白いと思い、西洋から入ってきた比較文学的な発想と江戸的な発想を掛け合わせたところに永井荷風がいたので、彼に関わる研究を始めました。
 研究の軸は3つ。1つ目は「都市」についてです。荷風は東京、パリ、ニューヨークを舞台に小説を書いていました。当時からすでに、現代都市の問題に繋がることも起きており、その都市空間を巡る人々の生の在りようや、そこに社会的あるいは政治的な動きがどう入ってきて、それに対して作家はどのような立場を取っていたかを私は博士論文でメインに論じました。
 2つ目は「比較文学研究」で、日本とフランスの文学を比べて論じ、そこから現在は翻訳研究に発展させています。
 3つ目は「美術に関すること」で、今一番力を入れている研究です。当時の美術雑誌などを調べていくと、明治の終わり頃の文学は美術と密接な関係を持っているとわかります。文学と美術の領域が融解する形で新たな文化が生成された過程を確認したいと思い、美術の研究を始めました。明治末期に発行された版画に文章などが付いている美術文芸雑誌『方寸(ほうすん)』などの資料を基に文学と美術の関わりや作家たちの言説の展開を調べています。
※3:各国の文学作品を比較して、表現・精神性などを対比させて論じる文学の一分野。

子どもの頃から本が好きだったのですか?


 どちらかと言えば好きでしたが、私は自然豊かな環境で育ったので、川に入ったり釣りをしたり、外で遊ぶことも好きでした。小学生の時、図書館に江戸川乱歩の『少年探偵団シリーズ』が入庫されたのをきっかけに、『怪人二十面相』から始まる一連の作品にハマって、ずっと読んでいました。ストーリーはもちろん、あのちょっと古風な雰囲気や現代とは違う言葉の使い方が好きでした。
 読書は好きでしたが、実は国語、特に現代文がとても苦手だったので、仕方なく頑張って勉強しました。その過程で近代・現代の小説を読むようになり、本を読んで考えることが面白いと感じるようになりました。「読む」という行為においては、テクストに書かれていない内容も含めて正確に読むことが求められるのですが、当時の私は本に書かれていない内容を考えることが楽しいと思っていたのかもしれません。

現代都市の問題といえば、仙台も急激に風景が変わっています。


挿絵

 都市を改革する、人の住まう空間を作り変えていく時に、そこに生きる人たちの生の在りようがどうなっているかは、それ相応に批判的に問うべきではないかと個人的には思っています。都市が乱雑に見えているのは、そこで暮らす人々の生の在りようがわからなくなるような、あるいは解体されていくような造りかたをしているせいではないのかなと。
 私は荷風のように夜の街を無目的に歩くことが好きで、風景を撮影してInstagramにアップすることもあります。建築学の人から見たらどう思うのかはわかりませんが、雑多な風景でも、その中に人々の生を感じられるならば、肯定的に評価していいのではないかと私は思うのです。都市を舞台にした現代美術にも興味があるので、私の研究の実践として、都市を舞台に前衛的な芸術活動をしている方々と連携できないかと考えています。

ままぱれ読者にアドバイスをお願いします。


挿絵

 国の「全国学力・学習状況調査」のアンケートに、「自宅に本がどのくらいあるか」という類の設問があります。実はこれにはなかなかの相関関係があるんです。親御さんがどれだけ本を読んでいるかが、お子さんの学力を左右するというわけです。理由はふたつ。ひとつは本がたくさんある環境を作ることで、子どもたちにいい影響を与えると明らかになっています。もうひとつは「教養」です。子どもに与える影響というのは「教養」のレベルによるところがとても大きく、お子さんにどれだけ文化的な環境を提供できるかが大きいのでしょう。
 2023年度の「国語に関する世論調査」で、1ヶ月に1冊も本を読まない人が6割を超えていました。映画やマンガ、YouTubeなどの娯楽的なメディアが乱立する現在の状況が、文学の娯楽としての価値を低下させているのだと感じます。もちろん文化的な素養が得られるのは読書だけではありません。お子さんと一緒に美術館や映画館に行ったり、街を歩いてみたりするのもおすすめです。
 ただ最近は、コスパやタイパといったものを求める傾向が強いのですが、これには徹底して抗わなければいけないと思っています。「読む」という作業の意味を、お子さんたちが自分で見いだせるようになるのも大切ですし、教養のつまみ食いではなく、ひとつの物事にしっかり腰を据えて向き合える環境を作っていくことも重要です。右から左に抜けていくようなものではなく、しっかりと落ち着いて享受し、考え、余韻を味わうような文化的な経験が、今の時代だからこそ必要なのではないでしょうか。

掲載年月/2024.11

  

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